日本に帰ってきて、ふと考えることがある。
自分は日本で生活していけるのか?
米国での生活が恋しいのはたぶんホームシックのせいだと自分に言い聞かせ、まだ1年くらいの関西での生活をがんばっている。
でも、映画以外の人生をこれまでに送ってないだけあって、私のキャリアが有利になるような仕事は関西にはまだ見つかっていない。
ひとつ、英語教師は私には向いていないので、他を考える。
またアメリカへ帰ればいいじゃんという声もある。でも、日本の家族とまた分かれるのも辛い。
映画を作ればいいじゃん!という声が自分の中であるのは知っている。
でも、家族を支えるためには、まずは毎日決まった収入がある仕事が必要になってくる。
ネットにある仕事は、外資系製薬会社、貿易会社、
外資系消費財メーカーの英文事務? 留学コーディネーター?
英語+映画の仕事が今までの仕事だった私ができる仕事ってなんだろう・・・。
アメリカの大学で「世界の映画の歴史」やアメリカ映画業界のことを教えていたことがあったけど、日本でそれを英語で教えるのはどうだろう? そんな学校ないかな・・・。
でも、箱をきめてしまうこともないのかもしれないと最近思う。 自分には映画しかないのか?
今まで本気で働いてきた生活から、日本での生活へ一転。 母がもし病気になってあと1年の命と知らされていなかったら、100%まだアメリカにいただろう。
あのころの自分は好きだったけど、家族を顧みる余裕はなかった。 帰宅はだいたい夜10時前後。 土日もバケーションも仕事のことしか考えていなかった。 ラスベガスへの旅行に仕事をもちこんで、ホテルの部屋でひとり仕事をしていたくらい。 それだけ映画のストーリーをつくるという仕事が好きだった。 それで世界中の人に声が届くということが好きだった。
でも今は何かが違う。
神様がバケーションをくれたのかな。
でも、最愛の母を取り上げるなんて、神様はとても厳しいらしい。
私
は幼稚園のときから一人飛行機で泊まりがけで親戚をたずねたりする娘だったらしい。空港ではいつもニコニコ顔で「じゃーねー!」って言って手を振ってたん
だって。 親離れは早くからできてたみたい。 でも、それは母が見守っていてくれると信じていたから。帰ってきたら母がいると信じていたから。
でも、母はもういない。
地に足をつけて仕事をしなきゃいけないと思ってる。 この新しい場所で。
考え方を変えれば、無限大の可能性がある! 健康だし! 感謝、感謝。
でも、誰か力をください!って叫びたいときもある。 自分で道を開いていくしかないんだろうな。
試練の時・・・。
でも、言っちゃおう。 神様、力をください。 日本のグローバル化に貢献できるような、日本の将来を担うような、日本を幸せにできる仕事がしたいです。